COLUMN
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 96年のJリーグ開幕。日本代表の攻撃的MFを務める名波に当時のオフト監督が命じたポジションは何と、左ウイングバックだった。「ちょっと違うと思う」名波は親しい関係者に不満を漏らしていた。 無理もない。名波はサッカーを始めてから、ポジションはずっと中盤。五輪代表の服部らが不在の緊急措置とはいえ、慣れない左ウイングバックは、精神的にも肉体的にも負担が大きかった。

 だが、策士・オフト監督には、深い読みがあった。「名波が国際的な選手に成長するには、守備を鍛える必要がある。左ウイングバックで攻守の切り替えの早さも身に着くし、運動量も増える。」

 ジュビロ入団2年目。名波は華麗な技で日本代表入りしたが、ひ弱さは隠せなかった。入団一年目の95年はGKディドに次ぐ51試合に出場したが、そのうち7試合は途中交代。スタミナ不足は明らかだった。さらに違うポジションに挑むことでプレーの幅も広がるのだ。

 フルタイム出場を狙う名波は不満は胸にしまい、左ウイングバックに挑み、結果を残した。長い距離のダッシュの往復で、スタミナは確実についた。視野も一段と広くなった。
だが、さらなる飛躍を目指す名波に、欠けているものが一つあった。

 それは、サッカーにおける「ずるさ」だった。


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