COLUMN
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 1986(昭和61)年8月3日。それは、名波にとって生涯忘れることが出来ないつらい一日となった。

 県中学総体準決勝。相手は浜松市立湖東中。それまで順調に勝ち進んでいた西益津中はこの試合、1点を先行されてくるしい展開。ところが、後半終了寸前に西益津中はペナルティーキック(PK)を得た。同点とする絶好機。イレブンの顔に笑みがあふれた。

 そして、監督がPKキッカーに指名したのは、三年生ではなく、正確なキックを誇るニ年の名波だった。しかし、名波は一つのサッカー規則を知らなかった。サッカー規則十四条・ペナルティーキック。「競技時間が終了しても、ペナルティーキックが完全に終了するまで、競技時間は延長される」。試合終了の笛におびえた名波はあせった。PKのキックはゴールを外れた。頭を抱える名波。「天国」から「地獄」へと突き落とされた瞬間だった。

 西益津中は全国行きを逃した。"事実上の決勝戦”に勝った湖東中は県総体決勝でも沼津三中に勝ち、全国中学総体では3位に輝いた。「最後の大会となった三年生に申し訳ない」。名波は試合後四時間半、PK失敗を悔やんで泣いたという。

サッカーにおける一つのつまずき…。

 だが、名波は雪辱を誓った。「来年は、何が何でも全国に出場する」。大きな目標を背負った名波のプレーはますます、輝きを増した。前線に渡辺、中盤に名波、永井をそろえる布陣は、県内で最高の実力チームへと成長した。


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